教会の『ダンボールハウス』と鎖と私

いつも仕事帰りに通る、帰り道。

教会の裏側にある道を通りがかるのですが、毎回目に留まるモノがあります。

それは、教会の建物の壁際にくっついて作られたダンボールハウスです。

ダンボールハウス

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私の愛読書に、「お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方」という本があります。

その中の一節に、エピローグ「新宿中央公園のホームレス」という一章がずっと頭を離れません。

下記リンクより、全文が読めますので、是非ご確認いただきたいのですが、「高層ホテルの高級レストランで食事をしてる、その眼下には新宿中公園のホームレスが生活していて、その姿を確認したいという衝動に襲われる」というエッセイ的な一節です。

経済小説作家で「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとりでもある橘玲(たちばな・あきら)の公式サイトです。本サイトでは過去に発表した原稿の再掲載のほか、書き下ろしのコラムや最新刊の情報などを発信しています。

通りかかるたびに、カタチが変わるダンボールハウスは、メンテナンスがされて、確実に人が住んでいるリアリティ。

鎖を隔てた向こうには、そうやって夜を過ごし一日の終りを迎える人がいるということ。

なぜ自分は、まだ鎖の手前で生活を続けて行けているのか。

自分が日々の何を怠ってしまうと、あの鎖を飛び越えてしまうのか。
自分がまだ鎖の手前で、生活出来てるのはただ運が良いだけなのかもしれない。 
自分が健康でなくなったら、すぐさまあの生活を送ることになるかもしれない。 

そういう、確認作業を暗がりにある「ダンボールハウス」を横目に見ながらしてしまいます。

私も、上記のエッセイと同じような感覚を覚えずにいられません。

偶然にせよ自己の努力にせよ、自分には雨風のしのげる家があるのは間違いないので、帰路を急ぐだけです。

あの鎖を超えないためには。
日々の生活を仕事を、頑張り続けるしか無いと思うのです。
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